ぼくがドアを開けたら、そこには君がいた。
君とぼく
君はぼくの方を向いていた。
「こんにちは」
君は微笑んだ。そしてこう言った。
「今日もお母さんのお見舞いですか?」
はい、とうなずいてぼくは母の元へ向かった。
ここは病院。ぼくの母はここに入院している。
たいした病気ではない。あと1ヵ月程度で退院するくらいの病気だ。
「お母さん、元気ですか」
そっと母のもとで、そうつぶやく。
母はぼくに興味がないようだった。もうぼくの事を覚えてないのだろう。
母の身の回りのことだけを済まし、ぼくは帰ることにした。
ぼくが部屋を出ようとすると、君はこう言ってぼくを引き止めた。
「もう帰るのですか?」
ぼくは君のほうを向いた。
それからぼくは君と他愛のない話をした。こうやって君と話をするのはこの時が初めてだった。
それまで君は1人の病人だった。けれどもこの時からはぼくの中でその存在が大きくなっていた。
「私はあなたみたいにお見舞いに来てくれる人もいないから」
この時から、ぼくは君に会いに病院に訪れていた。
ぼくは、母に会いに行くのを口実に君に会いに来ていた。
「あなたはどんな仕事をしているのですか?」
君とぼくとの会話は、ぼくの中で君の存在を大きくしていた。
「ええ、ぼくも小説は大好きなんですよ」
君は、ぼくと一緒にいて楽しかったのだろうか。
「最近パソコンを買ったんです。通販がとても簡単にできるようになったんですよ」
君は、ぼくのことをどう思っているのだろうか。
「ぼくはそういうのは苦手で、でもできるととても便利ですね」
君と別れる時になったら、明日も君に会いたくなる。
「あなたが毎日来てくれるから、私はとても楽しいです」
でも、ぼくは君に会いに病院に来ているわけではなかった。
母が退院することになった。
母を迎えに部屋に入ると、君はぼくのほうを見て微笑んでいた。
「今日でお母さんは退院ですね」
ぼくは、君を見ることができなかった。
母とともに部屋を出る時、君はぼくにこう言った。
「また、明日からも来て下さい」
ぼくは何も返せなかった。
母の世話をしながら、君のことを考えていた。
君に会おうか考えていた。
でも、君に会えないまま日にちは過ぎていった。
君に会おうと決めた時、母が退院してから1ヵ月が過ぎていた。
今まで君に何も渡してなかったから、花束を持って行くことにした。
病院の近くの花屋さんで花を買った。
これからは、君に会いに病院に行くよ。
ドアを開けたら、そこに君はいなかった。